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あらゆることのレベルが低い途上国でひどい目に会った人は、自国でその国の人に会った時に、その国で扱われたと同じように、その人を遇してよいのか?

 

保障されない人権、安い命、それらを先進国に来た時に自動的に与えられるのはなぜか?なぜ社会コストを払っている私達が、低いレベルの国から来た人に無償で、その権利を与えなければいけないのか?

 

そういった権利を無償で与えるのは、ノブリス・オブリージュなのか?植民地や侵略戦争を行った代償として与えているのか?人間は人間を助けるという、人に備わった根源的な本能なのか?または民主主義や人道主義を拡大していくのが、その国や人の役割で、enlightmentをして、愚民や土人を文明に導いてやるのが人道上の役割なのか?

 

なぜヨーロッパの国々はイスラム難民をテロリズムという脅威が

あるにも関わらず、受け入れるのか?それは本能からなのか?なぜそれを止めないのか?

 

日本はどの様にこの問題に対処していけばよいのか?

 

国境がなくなる、ビジネスの垣根がなくなる、人や物、情報が飛び交う世界は、本当に今後国境線がなくなるというのか?

 

主権という権利に守られた国家というorganizationは解体されていくのか?

 

喫緊の疑問はなぜ、先進国は後進国から難民を人を受け入れるのか?それは先進国の労働人口の減少や、働き手の確保と後進国のメリット、高給与や保障された文化的な生活とバランスしたgive and takeなのか?

 

全てがバランスしている、give and take であり、損を取らないように国も人も行動している。それが現在の世界を形作っている。

 

それは過去から積み上げられたてきた歴史には逆らえない。その延長線上にある現在でバランスしていて、みんなが最適な行動を取っている。そういうことなんだろう。

 

もしかしたら、ヨーロッパがテロのリスクを鑑みても難民を受け入れるのは、未だにEnlightmentの心を持ち続けているからかもしれない。

 

日本は今後、どう行動したらよいのか?

膨張し続ける中国と、東南アジア、朝鮮、台湾、ロシア極東、日本を取り巻く地図は確実に変わらない地図であり、そこから身の振り方を考えなくてはいけない。